藤波朱理の経歴・学歴を調査!家族構成は?wikiプロフも!

2024年に行われたパリオリンピックで53kg級に出場し、金メダルを獲得した藤波朱理選手。

藤波朱理選手は中学生時代から137連勝中とのことですが、一体どんな経歴を持っているのでしょうか?

そこで今回は

  • 藤波朱理の経歴・学歴は?
  • 藤波朱理の家族構成は?
  • 藤波朱理のwiki風プロフ

について調べてみました!

目次

藤波朱理の経歴・学歴は?

藤波朱理選手のレスリングに関する経歴・学歴を調べました。

【藤浪朱理選手の学歴】
・出身小学校:四日市市立下野小学校
・出身中学校:四日市市立西朝明中学校
・出身高校:三重県立いなべ総合学園高校
・出身大学:日本体育大学 体育学部体育学科

藤波朱理選手がレスリングを始めたのは、4歳の頃。

ここでは、レスリングを始めた当時に遡って藤波朱理選手の経歴を調べてみました。

藤波朱理の経歴①幼少期~小学生時代

藤波朱理選手は、元レスリング選手の父親の影響で4歳の頃にレスリングを始めました。

父親が指導をしていたレスリングクラブでよく遊んでいたという藤波朱理選手。

クラブに通う選手たちが練習する姿を見て、自然とレスリングを始めたそうです。

そして、藤波朱理選手が当時小学3年生だった2012年。

2012年にはロンドンオリンピックが行われ、日本代表として吉田沙保里選手と伊調馨選手が出場していました。

吉田沙保里選手と伊調馨選手は見事金メダルを獲得!

金メダルを獲得した2人の姿を見た藤波朱理選手は「私も強くなりたい、あの舞台に立ちたい」と感じたそうです。

その結果、小学1年生の時点では大会で優勝するまでに成長しています。

そして、小学3年生の時には全国少年少女選手権で初優勝。

同大会では、その後4連覇を達成しています。

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小学生の頃からすでに才能あふれる選手だったんですね!

藤波朱理の経歴②中学時代

藤波朱理選手は中学生時代に大会で13度優勝しています。

小学生時代は全国大会を4連覇していた藤波朱理選手。

しかし、中学生になると体力や力不足に悩むようになりました。

中学1年生の頃には5大会に出場していますが、優勝は1度のみです。

【藤波朱理選手の2016年(中学1年生当時)の成績】
・ジュニアクイーンズカップ 優勝
・JOCジュニアオリンピックカップ 3位
・全国中学生選手権 3位
・全日本女子オープン選手権 3位
・全国中学選抜選手権 2位

なかなか大会で優勝できない藤波朱理選手の気持ちに変化が現れたのは、中学2年生の頃。

2017年6月に行われた全国中学選手権の決勝で、1学年上の伊藤海選手に完敗しました。

藤波朱理選手は、前年に行われた全国中学選抜選手権でも伊藤海選手に負けています。

伊藤海選手はキッズ時代から無敵と呼ばれ、小学生時代には男子の部で優勝経験もありました。

悔しさをバネに厳しい練習を重ねて迎えた2017年7月の関西少年大会。

ライバルの伊藤海選手と再戦を果たし、藤波朱理選手は見事優勝しました。

関西少年大会以降は無敗で、国内大会だけでなく国際大会でも優勝しています。

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負けず嫌いな一面が、藤波朱理選手を更に強くしたようです。

藤波朱理の経歴③高校時代

藤波朱理選手は、父親がレスリング部の監督を務める三重県立いなべ総合学園高等学校に進学。

高校時代も数多くの大会で優勝し、連勝記録を更新し続けました。

【2019年の成績】
・クリッパン女子国際大会 優勝
・ジュニアクイーンズカップ 優勝
・東海高校大会 優勝
・インターハイ 優勝
・全日本女子オープン選手権(高校生の部) 優勝

【2020年の成績】
・クリッパン女子国際大会 優勝
・全日本選手権 優勝

【2021年の成績】
・ジュニアクイーンズカップ 優勝
・全日本選抜選手権 優勝
・東海高校大会 優勝
・インハーハイ 優勝
・世界選手権 優勝
・全日本選手権 優勝

2021年の世界選手権を優勝した時点で、藤波朱理選手は公式戦75連勝。

世界選手権では対戦相手に1ポイントも与えない圧倒的な勝負を見せ、全試合をテクニカルフォール勝ちしています。

ちなみに世界選手権で優勝した際、藤波朱理選手は英語でインタビューに答えていました。

自分でインタビューの回答を用意し、3ヵ月間先生と共に英語の練習をしたという藤波朱理選手。

世界選手権では見事優勝を果たし、練習通り英語でインタビューに答えました。

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まさに有言実行ですね!

藤波朱理が東京オリンピックに出ていないのはなぜ?

藤波朱理選手が東京オリンピックに出ていないのは、年齢の条件を満たしていなかったからです。

まずオリンピックの代表選手になるためには、全日本選手権で優勝する必要があります。

しかし、東京オリンピックの代表選考となる2019年の全日本選手権開催時点で藤波朱理選手は17歳。

全日本選手権に出場するためには18歳以上であることが条件なので、年齢の条件を満たしていない藤波朱理選手は全日本選手権に出場することができませんでした。

そのため、藤波朱理選手は東京オリンピックの代表選手になることができなかったようです。

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年齢の条件がなければ、藤波朱理選手も東京オリンピックに出ることができたかもしれませんね

藤波朱理の経歴④大学時代~現在

藤波朱理選手は2022年に日本体育大学に進学し、レスリングを続けています。

藤波朱理選手が日本体育大学に進学することを決めた理由は、父親が大学のレスリング部でコーチをしていたから。

そして藤波朱理選手と父親は、2人でアパートを借りて東京暮らしを始めました。

大学入学後、藤波朱理選手はレスリング部の外部コーチを務めていた伊調馨選手と出会います。

以前から憧れていた伊調馨選手と対面した藤波朱理選手。

入学当初、2人でスパーリングを行っても伊調馨選手が圧勝していたそう。

しかし、2024年現在では伊調馨選手とスパーリングを行ってもほとんど互角だそうです。

そして、藤波朱理選手は入学後も連勝記録を伸ばし続けています。

【2022年】
・ジュニアクイーンズカップ 優勝
・アジア選手権 優勝
・明治杯全日本選抜選手権 優勝
・全日本学生選手権 優勝
・全日本選手権 優勝

【2023年】
・ザグレイブ・オープン 優勝
・ダン・コルフ-ニコラ・ペトロフ国際大会 優勝
・アジア選手権 優勝
・明治杯全日本選抜選手権 優勝
・世界選手権 優勝
・アジア大会 優勝

ここまで順調に見えた藤波朱理選手ですが、2024年3月の練習中に左肘を脱臼して手術をすることに。

その後リハビリを続け、怪我から約2か月後には練習を再開。

「自分なら乗り越えられる」と前向きな気持ちを持ったことで、無事に復活しました。

そして迎えた2024年のパリオリンピック。

決勝では、世界ランク1位のルシア ヤミレト・ジェペス グスマン選手と戦いました。

積極的に攻め続けて得点を重ね、テクニカルスペリオリティで勝利。

オリンピックで金メダルを獲得したことで、藤波朱理選手の連勝記録は137になりました。

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怪我を乗り越えて勝ち取った金メダル
素晴らしい試合に、私も感動しました!

藤波朱理の家族構成は?

藤波朱理選手は父親・母親・兄の4人家族です。

ここでは、藤波朱理選手の家族を紹介します。

父親・俊一さん

藤波朱理選手の父親・藤波俊一さんは、日本体育大学でコーチをしています。

父親も元レスリング選手で、1985年と1986年には国体で2連覇。

さらに、1988年のソウルオリンピックでは日本代表の最終候補となっていました。

現役を引退後は三重県立いなべ総合学園高等学校で体育教師となり、レスリング部のコーチに就任。

さらに、高校で指導をしながらレスリングクラブの経営も始めます。

教師そして経営者として働いていた当時はかなり忙しかったそう。

多忙な父親ですが、娘・藤波朱理選手が高校3年生の頃に日本体育大学からコーチの誘いを受けます。

1ヵ月の半分を大学で指導するという契約でしたが、給与が半減することから誘いを受けるか悩んだそう。

しかし、大学進学を控えた娘の指導を続けることができることから大学の誘いを受けました。

父親が大学のコーチになった1年後には、藤波朱理選手が日本体育大学に入学。

数年後には離れて暮らしていた妻の千夏さんが上京し、3人で生活を始めたます。

パリオリンピックで金メダルを獲得した時には「コーチとして、親としても2倍嬉しい」とコメントしました。

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金メダルを獲得後に父親に抱きついた藤波朱理選手の姿には、感動で涙が出ましたね

母親・千夏さん

藤波朱理選手の母親は藤波千夏さんで、以前は三重県立いなべ総合学園高等学校で寮母をしていました。

母親は寮母として学生を支えていたため、藤波朱理選手の大学進学が決まっても娘についていくことはできず。

ですが2年後には、藤波朱理選手と夫・俊一さんが暮らす東京へ引っ越しています。

2024年現在も、家族3人で暮らしながら藤波朱理選手のサポートを行っています。

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母親は食事面で藤波朱理選手を支え続けていたんですね

兄・勇飛さん

藤波朱理選手の兄・勇翔さんは元レスリング選手で、2024年現在は総合格闘家として活躍中。

藤波勇翔さんは小学2年生の頃からレスリングを始め、5年生の頃には全国大会で優勝しています。

中学生になると、全国中学生選手権で3年連続優勝を達成。

いなべ総合学園高等学校に進学し、高校時代には何度も大会で優勝しています。

高校卒業後は山梨学院大学に進学し、ジュニアオリンピックカップを2連覇。

世界ジュニア選手権には、日本代表として出場しています。

さらに2017年と2018年の全日本選手権では優勝して2連覇を達成しています。

そして2019年には東京オリンピックの第1次予選となる世界選手権の代表選考が行われますが、奥井眞生選手に負けて世界選手権出場は叶わず。

同年に行われた全日本選手権でも敗退したため、東京オリンピックの代表選手になることはできませんでした。

大学卒業後は、ジャパンビレッジのレスリング部へ。

しかし2020年の全日本選手権は不戦敗となり、2021年3月にはレスリング部を退部しています。

レスリング部を退部後は、総合格闘家に転身。

2024年現在も格闘家として活躍を続けています。

ちなみに、兄の勇翔さんは大学在学中に結婚して子供が1人いるそうです。

ただ、2022年の時点で兄の勇翔さんは1人暮らしをしている様子。

そのため妻子とは別居しているか、すでに離婚している可能性もあります。

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藤波朱理選手とお兄様のエピソード、もっと聞いてみたいですね!

藤波朱理のwiki風プロフ

藤波朱理選手の経歴を紹介したので、ここではプライベートを中心としたプロフィールを紹介します。

【藤波朱理(ふじなみあかり)】
・生年月日:2003年11月11日
・出身地:三重県四日市市
・身長/体重:164㎝/53kg

元々運動音痴だったという藤波朱理選手。

小学生の頃は自転車にも乗れず、マット運動・球技・水泳なども苦手でした。

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オリンピックの試合を見ると、藤波朱理選手が運動音痴だなんて信じられないですね…

運動音痴だったという藤波朱理選手ですが、大学で教員免許を取っています。

ただ、何の教員免許なのかは分かりませんでした。

過去に取材で「将来はスポーツの指導者になりたいから教員免許の取得を目指している」とコメントしていたので、体育の教員免許かもしれません。

また、海外に行くことが多いため大学では英語の勉強もしているそうです。

知ろう!スポーツ

藤波朱理選手も父親のような素晴らしい指導者になるかもしれないですね!
レスリングの活躍はもちろん、指導者としての将来にも期待が高まります

藤波朱理選手に関する記事はこちら↓

【レスリング】藤波朱理に彼氏はいる?好きなタイプや藤波辰爾との関係も

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